アレンアイバーソンの知られざる5つの物語・奇跡が生んだスーパースター

 

NBAに大きな影響をもたらせてきたアレンアイバーソン。小柄な慎重ながら果敢にバスケットにアタックしていくその姿は、私たちの心に幾多の感動を与えてくれました。

 

ヒップホップテイストのファッションに身を包み、身体をタトゥーで負っているアイバーソンはこれまで批判される事も多々有りましたが、そのまっすぐな瞳の奥には、純粋さが隠されています。今回は彼の心の優しさ、素直さ、愚直さを証明する裏話をご紹介します。

 

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1.少年をかばう幼きアイバーソン

 

幼少期のアイバーソンにはジミーロジャーズという1人の友人がいました。ジミーは白人であることから、黒人が多かったコミュニティーの中で、いじめられていたそうです。そこに手を差し伸べたのがアイバーソンでした。ジミーの母親が語るには、アイバーソンはジミーをかばい、いつも面倒を見ていたそうです。

ジミー:「アイバーソンと最初に合ったときに、「フットボールやった事ある?」って聞いてくれたんだ。僕は当時何もフットボールのコトを知らなくてね。「こうやってボールをもって投げるんだよ」って、教えてくれたんだ。」引用:huffingtonpost

 

2.無邪気な少年だった

 

アイバーソンは学生時代、陽気な性格の持ち主だったそうで、当時のホームビデオの映像ではダンスをしたりジョークを飛ばす幼いアイバーソンの姿が映し出されています。大人になったアイバーソンも時折見せる無邪気社が有りましたが、そのルーツは少年時代にあったようです。

 

ちなみにスクールバスでも歌を歌ったりしていたそうですね。当時の数学の先生が語るには、「授業中はとても静かだった」そうです。

 

 

3.無実の罪を着せられていた

 

1993年に起きたボーリング場での乱闘事件。当時17歳のアイバーソンはこれに巻き込まれ、主犯格との判決をうけて、懲役15年を言い渡されてしまいました。しかし実際に映像では、アイバーソンがその場から立ち去る姿が撮影されており、この判決は「ぬれぎぬ」を着せられた物だったのです。

 

後に刑期は4ヶ月に短縮されましたが、当時を振り返る高校時代のアイバーソンの監督は「あれは同世代に対するみせしめだ」と語っています。ここで判決がひっくり返る事が無かったら、今のアイバーソンは存在しない事になるのですね。

 

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4. ニュースキャスターがアイバーソンの人生を救う

 

まさに「ぬれぎぬ」をきせられて懲役15年を宣告されたアイバーソン。しかし、当時NBCでニュースキャスターをつとめていたトムブロコウ氏がこの問題を痛烈に批判しました。彼はこれが世間への「みせしめ」である事に築いており、独自の批判を展開。

 

結果、世論を引き入れ刑期は4ヶ月となり、アイバーソンは無事に釈放される事になったのです。アイバーソンはブロコウに対して「人生で大きな借りがある。とても感謝している」と述べています。

 

5. 母親に救われた大学生活

高校ではチームを州チャンピオンに導く程の活躍を見せていたアイバーソンですが、ボーリング場での事件をきっかけに、バスケットボール、フットボールともに奨学金のオファーは一切なくなってしまったそうです。ジョージタウン大学のバスケットボールコーチであるジョントンプソンは下記のように語っています。

トンプソン:「私が彼をリクルートした事は無い。彼らが私をリクルートしたような物だ。」引用:huffingtonpost

そこには、母親の熱心な説得が合ったようです。結果アイバーソンはジョージタウン大学への進学を決め、その後の活躍で、見事NBAからドラフト1位指名を受けるまでになったのです。

 

 

まとめ

 

幼少期からNBA入りするまでの彼の人生は、まさに波瀾万丈そのものでした。アイバーソンが引退の記者会見で「ドラフト1位を受ける事が出来たのが一番の思い出だ」と語っていた意味がなんとなくわかるような気もします。

 

ここまでの逆境をはねのけ、やがて伝説になったアイバーソン。あきらめないと息持ちの大切さを改めて教えてくれました。

 

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