コービーブライアントの背番号の由来は?8から24への変更の理由とは

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出典:betterhousekeepingvacuums.com

コービーブライアントが1試合81得点のパフォーマンスを披露した2006年、翌年の背番号は81になるのでは?と様々な噂が立っていました。10年間背番号8を背負ってきたコービーが翌年、見慣れない背番号で出てきた当初、かなり違和感が会った事を覚えていますが、彼の背番号は今や「24」の印象ですね。

 

1996年から2006年までの10年間の背番号は「8」、2006年から今年までの9年間の背番号は「24」。丁度10年間づつ背負ってき背番号にはどちらも思い出がたくさん詰まっています。

 

今回はコービーがユニフォームのナンバー遍歴を理由とともに振り返っていきましょう。

 

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高校時代

彼は当初「24番」を着用していたようですが、その後「33番」に変更したようですね。背番号「33」は父親であるジョーブライアンとが高校生時代に着用していたもの。ジョーブライアントはフィラデルフィア76ersでプレーをした後に、ヨーロッパのプロリーグでもプレーをした経験の持ち主。

 

コービーがイタリア語が堪能なのは、幼少期の大半をヨーロッパで過ごしたため。サーシャブヤチッチとイタリア語で話しているシーンをみると、相当ペラペラのようです。父親は日本の神戸牛を由来として、コービーい名前を付けた事は有名ですが、bjリーグやJBLでもヘッドコーチを務めるなど、何かと日本と深い関わりを感じます。

 

高校生のコービーは父の系譜を受け継ぐように自然と33番を選んだようです。

 

NBA 1996~2006

 

高卒ルーキーとしてNBA入りした当初、レイカーズの「33番」はすでにカリームアブドゥルジャバーの永久欠番となっていたため、コービーに着用する権限は与えられませんでした。

 

幼少期イタリアのリーグでプレーしていたときも「8」を着用していたそうで、また高校時代に参加したAdidasのABCDキャンプでかれがつけていた背番号が143番、1+4+3=8の「8番」を選んだそうです。これって面白い偶然ですよね。その背番号が後ほど恐れ多き選手の背番号に変わっていく事を当時誰が予想していたでしょうか。

 

 

NBA 2006〜Now

現在着用している背番号「24」ですが、彼が変更をしたのがNBA入りしてから10年後の事でした。

背番号変更前に今までの自分を振り返ったときに、どれほど自分のキャリアが早く進んできたかを実感したそうで、一日24時間に対して感謝をして今後のキャリアを続けていきたいという思いから「24」を選んだのだとか。

高校時代に当初着用していたのも24番ですから、初心を忘れずという意味も込められていたのかもしれませんね。

 

レイカーズの殿堂入り、永久欠番は確実なコービーブライアントですが、「8」「24」どちらの背番号がステイプルスセンターに掲げられるのか、注目です。

 

 

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