ラリーブラウンとアイバーソンの素敵な師弟関係・76ers上昇期の裏話

 

ラリーブラウンとアレンアイバーソンと言えば、1997年から2003年までの期間、コーチの立場から、エースの立場からともに76ersを支えてきた間柄。在籍時代を通して、アレンアイバーソンの教育に苦労をしてきた印象のあるラリーブラウンですが、2001年のファイナル進出は、この二人の絆無くして成し遂げる事は出来ませんでした。

 

アイバーソンは2013年に現役を引退、ラリーブラウンも2010年のボブキャッツを最後にNBAのコーチングから身を引いている状態ですが、ラリーブラウンは、アレンアイバーソンのバスケットボール会への復帰を願っているようです。

 

波乱の師弟関係の始まり

 

1996年、ドラフト1位で76ers入りしたアイバーソン。卓越したバスケットボールセンスの持ち主であった事は確かですが、当時のアイバーソンは自信のコントロールが出来ておらず、「従順」という言葉は彼の中に有りませんでした。そこでコーチングにあたったのが当時既に実績を重ねていたラリーブラウンでした。

ブラウン:「アレンのコーチングを始めたときに思ったのは、素晴らしいアスリートでは有るが、まるでプレーの仕方を知らない選手だった。彼がプレーを学べるようになるか、確信が無かった。しかし、彼はコート上で戦い続けていた。勝ちたい気持ちが誰よりも強かったんだ。」引用:Youtube

ラリーブラウンはアイバーソンをシューティングガードへコンバート。アイバーソンが本来持ち合わせるの得点能力を最大限に発揮させるロールを与えました。190~200センチのシューティングガードを相手に182センチのアイバーソンでは不利になるとの批判に、ブラウンは一言。「相手チームはそれより深刻な問題を抱える事になるだろう。」

 

 

2001年の上昇

1999年この起用法は功を奏し、76ersは7年ぶりのプレーオフ進出を決めます。一方でアイバーソンがチームルールに従わない態度は変わる事は有りませんでした。しかし時を経て、2001年、アイバーソンの心境に変化が訪れます。

ブラウン:「アレンが私のところに来て、「コーチ、オレ変わるよ。今抱えている問題をすべて良い方向に変える。」と言ってきたんだ。その一言を聞いたときに、私たちにはチャンスが有ると確信したよ。」引用:Youtube

その後76ersはEastトップの勝率を上げ、プレーオフへ進出。2年間苦渋を味わってきたペイサーズを下し、ビンスカーター率いるラプターズを避け、カンファレンスファイナルではレイアレン率いるバックスに勝利、悲願のNBAファイナル進出を果たしたのでした。

アイバーソン:「コーチともめていた99%はオレが原因だ。オレたちは何度も衝突を繰り返したけど、そこには常に愛があったんだ。」引用:huffingtonpost.com

 

アイバーソンを76ersのフロント職に推薦

 

そんな二人がNBAをさってからはや3年。低迷を続ける76ersのオフィスにラリーブラウンが訪れたのは昨年のこと。76ersのオーナーと、アイバーソンのマネージャーとの会談の中で、ブラウンはアイバーソンを76ersのアシスタントゼネラルマネージャーに推薦したのです。

ブラウン:「何かの形で、アレンの力を76ersに吹き込む方法が有ると思ったんだ。彼には才能を見抜く力が有る。選手からの人望も厚い。アレンが言う事なら、どんなことでも聞き入れるだろう。彼が残した輝きは、今も変わらないからね。」
「アレンにNBAの組織に関して教育をして、どうにかしてNBAでのマネージメントをしているアレンを見てみたい。彼はチームに大きく貢献するはずだ。」引用:CBSsports

76ersでともに過ごしてきた間に、コーチと選手の関係でアイバーソンを見てきたラリーブラウン。アイバーソンの勝利への意志が有れば、76ersを再び上昇気流にのせられる確信が合ったのだと思います。それ以前のコメントでアイバーソン自身も実際に76ersのオフィスに貢献したい意志を見せています。

アイバーソン:「会議の場に参加してみたい。オレの意見に賛成してもらえなくても良い。ただオレが思う意見を出して、参考にしてもらって、あとは組織が正しい方向に導いてくれるはずだ。」引用:ESPN

フロント職として、76ersに帰還するスーツを着たアイバーソンも、是非見てみたい物ですね。

 

 

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