マイケルジョーダンがウィザーズに戻った理由とは?神のラストダンスを振り返る

バスケットボールの神様、マイケルジョーダン。6度目の優勝を成し遂げた98年シーズンが終了し、2度目の現役引退を表明。しかし、2001-2002シーズン、3年の時を経て、彼は三たびコートに帰ってきました。当時の感動と言ったら忘れられず、毎週のようにテレビ放送を録画していた事を思い出します。

 

シカゴブルズでの栄光が輝きすぎていて、ウィザーズ復帰時代のジョーダンは見たくなかったという声もちらほら聞きますが、当時38歳にしながら繰り出された数々のスーパープレーを見る事ができて、筆者はウィザーズで2年間復帰をしてくれたジョーダンに感謝の言葉を捧げたいです。

 

ウィザーザズに戻った理由

98年に6度目の優勝を達成したジョーダンは、肉体的、精神的疲労からチャレンジ精神を無くし、2度目の現役を発表しました。その当時、復帰の可能性は99.9%ないと断言しており、スコッティピッペンやデニスロッドマン、フィルジャクソンなどかつての戦友達がブルズを離れたのも、決め手となったと言われています。

 

その後、ウィザーズの小口オーナーとなったジョーダンは、選手契約やドラフト指名、フロントの任命や解雇を担当してました。フロント業に入り、1年が過ぎた頃、神の心にある欲求が宿ります。ドアマットチームだったウィザーズの動向に嫌気がさしたのでしょうか、負けず嫌いの彼の心に再び灯がともった瞬間、彼はスーツからユニフォーム姿に替え、コートに戻ってきました。

「フロアに何かを置き忘れてきた。かゆみをのこしたまま人生を歩みたくない」
-マイケルジョーダン-

 

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自己最低得点の試合の後に51得点を記録!

復帰後のジョーダンは38歳という年齢に勝てない部分も有り、膝の痛みや太り過ぎから制裁を欠いていました。2001年の12月27日のペイサーズ戦では自己最低の6得点に終止、86年以来続けてきた連続二桁得点は無惨にも途切れてしまいました。

 

しかし、大の負けず嫌いの男が黙っている訳がありません。29日のホーネッツ戦では前半だけで34得点を上げる大活躍。ウィザーズが持つ前半の個人得点記録を更新すると、後半でも17得点を上げる活躍でチームを勝利に導きました。特筆すべきは彼がこの得点を、38歳で、膝に怪我を抱えていながら、達成した事。意志の力は、身体を凌駕するんですね。

 

ここからチームは4連勝を続けますが、膝の痛みを再発させたジョーダンとともにチームの調子も落ちてしまい、プレーオフを逃してしまいます。

 

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2003年のオールスターで奇跡のラストショット!

02-03シーズン途中に身体の状態からシーズン終了後の引退を表明していたジョーダンは、現役最後のオールスターを迎える事になりました。East-Westのメンバーはほとんどがジョーダンをみて育ってきた世代。燃えない訳が有りません。投票でスターターが確定していたノースカロライナ大学の後輩のヴィンスカーターが先発をジョーダンに譲という場面も。神の最後のオールスターにふさわしく、両軍友に激戦を繰り広げます。

 

後半終了間際、同点でボールを託されたジョーダンは最後のショットを放ちますがこれを失敗し、試合は延長戦に突入。またしても、同点で迎えたオーバータイム残り10秒、右サイドでボールをうけとったジョーダンはショーンマリオンを相手にドライブインを試みますが、抜ききれない事がわかると、バックダウンからフェイダウェイジャンパーを放ちました。

 

試合は残り4.8秒、ボールはきれいな彷佛線を描き、見事リングに吸い込まれました。このあと逆転を狙ったコービーの3ポイントに対してジャーメインオニールがファールをおかしてしまい、再延長へ。結果Westが勝利をしましたが、このラストショットは世界中の人々が、改めて、彼が神と呼ばれる所以を再認識するには十分すぎる一撃でしたね。

 

本当のお別れ

ウィザーズのプレーオフ進出の望みがなくなってからは、ジョーダン引退までのカウントダウンが始まりました。彼の最終戦は、当時NBAを代表するスター選手に成長していたアレンアイバーソン率いる76ers。試合前にジュリアスアービングとモーゼスマローンが登場するサプライズがジョーダンを待っていました。

 

試合はアイバーソンを中心に攻撃を展開する76ersが優位に試合を進め、すでに76ersの勝利が確定していた第4クオーター試合残り時間2分、コーチの計らいからか、観客の声援に答え再びコートに戻ったジョーダンは大声援の中、フリースローを2本沈めるとコートに別れを告げました。

 

「バスケットボールは僕の人生で有り続けた。バスケットボールが無ければ、僕があなた達と出会う事も無かった。バスケットボールが僕にチャンスを与えてくれたんだ。人生について多くの事を教えてくれた。僕の友のようでもあった。時に人は成長し、友と離ればなれにならなければならない。心から愛した物を手放さなければいけない時というのは感傷的になる物だ。それでも僕はバスケットボールという友を、バスケットボールを通じて成し遂げてきた事を、片時も忘れる事は無いだろう」-引用:Dunkshoot-

 

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